令和の政治は「選挙」と「政治」の分離

本日は、日本を良くするための現実的な改革案です。

発想としては、電力の「発送電分離」に近い話です。

政治家の活動

現在、私は政治家を目指して活動をしている訳ですが、その活動は大きく分けると2つです。

①選挙に受かるための活動

②選挙に受かった後のための活動

①の中身は、とにかく知名度向上対策です。地域の行事に顔を出したり、記念式典に顔を出したりすることです。

②の中身は、任期として与えられた4年間を、いかに有意義に使うか?という政治家的な活動です。

この部分が弱いと、特に新人候補の場合、「何をすれば良いのか?」を整理するために、スタートダッシュに出遅れる形となります。

しかしその一方で、①の部分が弱いと、そもそも②は絵に描いた餅になってしまいます。

現職の場合、①は「自然に」出来ます。それは現職が、各地のイベントに招待されたり発言をする機会が自然に与えられているからです。

現実的な問題として、新人候補は、「政治家」になる前に、「選挙家」に徹することが求められます。

政治と選挙の分離

現在の私も、圧倒的に

選挙家活動 >> 政治家活動

です。選挙家のコスト(時間・お金)が非常に高い割に、当選しないというリスクも考えると、政治家を目指すことは割に合わない行為です。

日本全体で、このシステム(政治家の条件が選挙家)を変える必要があります。

そんな時に、N国の立花氏が言っていた「政治と選挙の分離」が非常に納得できました。

簡単に言うと、

  • 選挙に受かる人(知名度がある人)
  • 政治をする人(合理的に考え、実行できる人)

は分けた方が良いはずです。

こうすることにより、新人候補が「政治家」になるためのハードルがぐっと下がり、政治の世界での新陳代謝も加速するはずです。

従来は、政治家=選挙家でもあったため、後者に費やす負担が多く、政治家は100%の力を政治に発揮できない状態でした。

例えば二期目の選挙を迎えるトランプさんも、最近ではあからさまな「選挙家」としての言動が目立ちます。

政治家は、

選挙の前後で「選挙家」になる必要がある

状況だからこそ、その余裕がない人が出馬できず、政治家として持っているはずの高い能力が発揮できない状態です。

そして固定化され、癒着や汚職の温床ともなります。

まとめ

関西電力の「原発マネー」に象徴されるように、日本の政治・社会システムは重層的に歪んでしまっています。

政治を起点として日本の社会を健全にするためには、

  • 「政治家」の腐敗・汚職の機会を減らす

事が必要であり、そのためには

  • 「政治家」の流動性と多様性を高める

必要があります。人間だけに限らず、物事は長い間ずっと同じポジションにいると、腐敗が進みます。

流動性を高めるために必要なのは、

  • 「政治家」への参入障壁を低くする

必要があり、そのためには、

  • 「政治家」と「選挙家」を分離する

事が必要となります。ネット選挙が本格的な力を現実世界に与え始めた令和時代、こうした分離の改革が政治の世界に求められます。