幸福尺度と地域の物差し

ヒアリング活動を通じて

集落のヒアリング活動をしていると、たまに1~2時間ほど話し込むことがあります。

本日は、そんな出会いの中から、面白かったエピソードを紹介します。

その方は長く、病院関係で働いていた方で、現役を引退されている60代後半の方でした。

最近の若者について

ざっくばらんなお話の中で、

自分が若いころは、政治や社会に対して「こうすべき!」という確たる思いがあったけれど、最近の若い人は、そういう事を考えないの?

という質問を頂きました。すぐに頭に「草食化」という言葉が浮かんだ私ですが、一応回答としては、

  • バブル崩壊後の世代を生きた若者は、「社会が繁栄する」イメージが沸かないのかも
  • 戦争レベルでのヤバい事態は起きていないから、平和ボケしているのかも
  • 難しい政治の話よりも、ネットやゲームの方が面白いから、そっちに流れがちなのかも

という事を、一応「平成生まれの若者」の声として述べておきました。

契約と信頼関係

それからさらに、

最近の人は、何でもビジネスライクに「損得勘定」で考えがちだけど、それについてはどうなの?

という指摘があり、確かにそうだなあと思いました。

明治からの近代化により人口減少が続いた島の社会を見ると、貨幣経済が浸透が、地域衰退のトリガーとなったと感じます。

お金で何でも買える時代は、地域との繋がりを簡単に切れる経済社会です。

昔は地域の伝統行事への参加が強く求められ、地域から嫌われる事は「村八分」にされる事を意味しました。

その一方、濃密な人間関係が嫌で都会に出た人も、職場や人間関係のこじれで孤立を深め、ただならぬ事件を起こしてしまうケースがあります。

「人間は一人では生きていけない」

という至極当たり前の事を考えると、

  • 極端な都会生活:人間の孤立を深めてしまう
  • 極端な田舎生活:息苦しくて耐えられない

というジレンマに陥る気がします。その点では、令和時代に真剣に考えるべきテーマとして、

1人1人が孤立せず、且つ呼吸しやすいマイルドな人間関係

を構築する事なのかな、と感じました。

地域の物差し

「お金で割り切った関係」を最大限に推奨するのが、都会生活の構造です。ですので、基本的には

いかに住民がお金を稼ぐか?

という所得の問題が、最大公約数的なテーマとなります。

もちろん島の生活でも、お金の問題は存在しますし、所得の少なさが島離れの一因となっています。

それに加えて、少ない年金生活の中で何とか切り盛りをしている方も少なくありません。

ただ、「お金だけでは割り切れない」血縁関係や、地域の繋がりと言うのも、まだ地域の中には残っています。

それこそブータンのように、GDPでは測れない価値観を地域が掲げる事も大切なのかと思います。

その方とのお話の中で印象的だったのは、

幾らお金が沢山あっても、人間関係が良くなければ楽しくないよ。

という部分です。

当たり前の事かもしれませんが、これからの地域づくりに示唆的な言葉だと感じました。これからの多様な生き方が尊重される時代では、

良い人間関係を築ける

地域の魅力が高いのだと感じますし、自治体レベルでも

「所得に縛られない独自の尺度」

を拵える必要性が高いのでないかと感じました。