政治の役割と心の時代

令和2年。2020年。

これからの政治に求められることは何か?

考えてみたいと思います。まずは振り返りとして、昭和~令和を見ていきます。

経済の停滞と復活政策

戦後、奇跡的な経済成長を経験した日本でしたが、平成のバブル崩壊で経済成長にストップがかかり、失われた30年と言われるような、長期的停滞が蔓延しました。

デフレにより賃金が上がらず、可処分所得が減り、将来への不安が高まる中で、人口を支える出生数は予想以上の速さで減少しています。

7年間に渡る安倍政権では、「経済で結果を出す」という号令のもと、様々な政策(金融緩和、地方へのばら撒き)を実施しましたが、未だデフレからの脱却できず、空振りが続いている状態です。

世界を見渡しても、成熟した社会では出生率が下がり、経済成長にも陰りが出ます。相対的にみて、人口が若い国の成長率が高いのは、国にもライフサイクルがあるからでしょう。

人口の減少が続き、高齢化が進展する日本の社会では、「経済成長」という言葉は、実情にそぐわないと感じます。言うなれば、老体にカンフル剤を注入して、オリンピックでメダルを目指すようなものです。

しかし、今の政治が続く限り、「日本を取り戻す(=経済成長していたあの頃)」というテーマが続くと考えられます。

それは自然に反しているし、身体に合わない薬物に依存しているようなものです。

政治の目指す方向性

経済成長を促進するという事は、サービスを提供する企業や資本の売上を伸ばす事と同義です。

GDPがいくら増えたとか、株価がどれだけ上がったかという事は、目に見える数字で、分かりやすいです。

しかし、そうした数字が国民の幸福度に結び付いているかと言われれば、かなり疑問です。

1人1人が抱えるテーマは多様化し、単一の指標に対する満足度が下がっているからです。

これは地方の政治についても同じことが言えます。

世界遺産登録とか聖火リレーの誘致とか、政治家は「目に見える実績」を欲しがりますが、それが市民の要望にどれだけ結びついているかは疑問です。

ニーズが多様化し、共通のテーマに対するの重要性が薄れているため、当然人々が政治に期待するモノは変わっていきます。

選挙の投票率が下がっている一因には、「欲しいものが棚にない」という、ギャップにあると感じます。

「目に見える成果」からの脱却

令和以降、モノが溢れて豊かになる一方、自然災害や、政治的な対立による安全のリスクが高まっています。

働き方にせよ仕事観・結婚観にせよ、「従来の正解」が崩壊し、変化と多様性が増える時代になっていきます。

こうした変化の先、大切になるのは「目に見える数字や成果」ではなく、「身に見えない共感や理解」だと感じます。

極端に言えば、今までの政治の目指すべきゴールは

国民の所得をいかに高めるか?(=経済成長)

だったかと思います。それは誰にとっても分かりやすい「数字」という形で現れます。ところがこれからの時代は、

国民の幸福感をいかに高めるか?(=内面の充足)

になっていくと感じます。それは答えがなく、一律の物差しでは測る事が出来ません。

更に言えば、幸福感は誰かから与えられるモノではなく、あくまで自力で見つけ、主観で感じる類のモノです。

そうした意味では、政治は

「幸福感を感じやすくするための環境整備」

に汗をかき、答えの擦り合わせをしていく必要があるのではないかと感じます。