人口減少社会の原因を考える本

少子化なのに保育所入れない

それが現代(とりわけ都心)の大きな謎であるように思えたので、考える上で参考になった本を紹介したい。

昨今話題の「待機児童」というキーワードを中心に、子育ての実態を幅広い視点からレポート、考察した内容である。

子育てをめぐる筆者の問題提起

筆者曰く、子育ては「政治」であり、トップの方針によってその政策下で暮らす多くの子育て世帯が影響を受ける。

待機児童の定義は極めてファジーなもので、自治体の都合に合わせて変更されている。最早ほとんど意味がないに等しい。

例えば横浜市は、独自の定義と数字のマジックを駆使して、実態とは乖離した宣言(待機児童0)を謳っているだけに過ぎないということであった。

親にとって便利な場所は、往々にして子供が子供らしく生きるためには「不便」な場所である事が多い。

駅近のコンビニのように、便利な場所に設置されていればそれでいいのか?という問題提起をしている。

その「コンビニ保育所」の中で育つ子供たちは、毎日、窓もない狭い部屋の中で、蛍光灯の下で過ごしている。その格差をどうすればいいのか・・・。

子供には誰でも公平に、安全で、安心な環境で一日を過ごす「権利」があるのではないか。

その権利が満たされている子供とそうでない子供がいるという点で、筆者は子供の権利を提唱している。

さらに、保育士の待遇の改善が必須であると述べている。

「潜在保育士」は全国に60万人とも70万人とも言われている。その中には「二度と保育の仕事をしたくない」と言って止めていった人も大勢含まれているはずだ。

そもそも保育士だけが子育てをするのもどうなのだろうか。

むかしなら、地域に住む「おばちゃん」たちが「そんなところに預けるのはやめなさい」とか「それならうちに預けていきなさい」と言ってくれたかもしれない。しかしコミュニティ力が衰退した今の時代、そんな機会は皆無に等しい。

筆者はそういったコミュニティの仕組みが欠如していると指摘している。

「子供の権利」という発想

私は今まで、子育ての問題を「親にとって便利であるか」を前提に考えてきたが、筆者が述べていることは寧ろ逆で、親の便利さによって疎外される「子どもの権利」であった。

そもそも日本では、「子どもの権利」という概念自体が確立されておらず、私のように片方の側の視点でのみ物事を考えてしまっているなと気が付かされた。

共働きしなければやっていけないという時代背景はあるが、経済最優先、効率最優先とならないよう、気をつけなければならない。

いやむしろ、子供に対する視点が不足しているからこそ、本質的な解決策が提示されないのではないだろうかという気さえする。

問題提起のまとめ

本書に述べられている問題提起をまとめると、下記のとおりだろうか。

  • 保育士の待遇が悪い

→離職率が高く、魅力的な仕事であると思われていない

→保育士の不足、待機児童の増加

  • 地域コミュニティ力の低下

→子供を持つということに対する負担が大きい

→少子化を促進

  • 雇用環境の悪化

→非正規労働者の割合が増え、共働きでないと無理

→子供に対する負担が大きくなる

→少子化を促進

問題の解決策に向けて

例えば国民的なコンセンサスとして、

「子どもの権利が大事」

であるならば、子育て支援策の手厚い議員が選挙に勝利して、さまざまな福祉政策にお金をかけるはずだし、保育士の労働環境も今よりは改善されるはずである。

それによって待機児童の問題も解決するし、社会全体で「子どもを大事にしよう」という空気が醸成されるから、親の負担も軽くなる。

女性の社会進出も一層進展し、少子化の問題にも歯止めがかけられるはずである。

と単純に考えれば、あらゆる問題が解決しそうである。

要するに、国政によって子育てを巡る環境が好転し、子供を持つことに対するハードルが下がるから、出産の機会と女性の社会復帰頻度が向上する。

逆に今、日本では国民的なコンセンサスがないからこそ、社会問題としての待機児童が深刻そうに見えるのかもしれない。

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