こちらのトーク番組の書き起こしです。
若者たちが語る「アフターコロナ」6回シリーズ①資本主義とは
https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/shinshun-talk/kSU09sNIni.html
この番組は、2022年の新春企画として、若い人たちが政治や社会の今後について話し合う番組です。
非常に面白い内容でしたが、
パート①:50分
パート②:50分
という事で、ちょっと長めの内容になっています。それと、途中で音楽や解説が入ったりします。
どんな話題だったの?
という事を知りたい方のために、要点をまとめた議事録を書いています。
上記リンクでは、開始から10分くらいまでの書き起こしがされていますので、それ以降の部分のまとめです。
環境問題のトーク
11:30~
安倍:経済の話と環境の話は、数値化できるので相性が良いと思っている。
例えばESG投資があるが、環境(E)が最も早く経済と近づいている分野であり、手を出しやすくなっている。
一番最初に企業統治(G)が手を付けられたが、ステークホルダーが納得しやすく手を付けやすかった。
排出量取引の話は、見えないCO2を基準に取引が証券化され世界的なルールとして成立した。
一番難しいのがSであり、数値化・定量化しづらい。より本質的な部分をどうにかしたい。
能條:排出権は結局「数値の渡し合い」に陥っているという面もあると感じる。
数値化するだけで、途上国の発展など、様々な問題が解決されるのだろうかという問題意識がある。
Sの部分は、他にも賃金や格差・非正規労働など数値化される部分での問題も生じている。
ESG投資には期待するが、全て数値化したからと言って、人々の優先順位を変えないといけない部分もあると思う。
数値化出来れば解決、というのは疑問。
斎藤:「うまくいくかどうか」という問題と、「十分に上手くいくかどうか」は別問題だと思う。
書籍の中でSDGsは大衆のアヘンだと言ったのは、色々な企業が取り組みやすいという一方、SDGsを使って環境の問題が悪化したり、
儲けをする事にブレーキをかけたりすることになるならば、ESGやSDGsで踏み込めない問題も起きてしまっていると感じる。
だからこそ、若者がもっと積極的に声を上げていかなければいけないと感じる。
SDGsでどれくらい解決されるのか、私は批判的なスタンスでいる。
安倍:私はSDGsにはすごく批判的。SDGsは本来騒ぐようなものではなく、MDGsの数値化したモノ。
一番の欠点は、誰が達成するのかを誰も決めていない事。責任を負わせない事が一番ダメであり、そもそも十分ではない。
目標達成が示されない限り、ウソになる。
ただ、ここまで広まっているので、現場は非常に厳しいので使えるものは何でも使っておこうというスタンスだと思う。
能條:SDGsの出現により、中学や高校でも扱われるようになった。
実際、どこまで数値目標を達成するかは分からないが、広報としては成功していると思う。
安倍:日本ではとても成功している。ここまでイデオロギーが乗っかりコメントするのは、異例と言えば異例。
斎藤:それがヤバい。学校で「一人一人が何ができるのか考えましょう」となり、「節電・節水」など小さなアクションに貶められている。
小さな一歩で満足して、大きな変化に対しては過激だと言われる状況を裂けたい。それをアヘンだと表現している。
(途中音楽)
27:00~
安部:システムを大きく変えるのはまだまだ時間が掛かる。それを急激にやればやるほど被害は大きくなる。
今あるシステムへの敬意は必要で、長い時間のチップを払うべきだと考える。
環境問題を考えるに当たっては、いかに自分が主体者であるかが大切。SDGs、ビニールを買わなければOKという訳ではない。
食品廃棄の問題に関しては、食べ残しの問題で食品工場がある。コメが炊かれてそのまま捨てる。
コンビニと食品工場の契約により、コメを炊いて廃棄しなければいけない。毎日何トンと炊いて捨てている。
フードロスを考えた時、流通構造や仕組みを変えないと解決しない。
構造的な問題解決の解決は、どういうサービスを選ぶかに尽きる。流行った以上はそれを活用して啓発に繋げるてはいきたい。
斎藤:個人の意識を変えて主体的に問題を考えていく。背景にある構造も考えていく事を一番重視している。若者は主体的に捉えていないと言われるが。
能條:問題の構造の背景まで知る、と考えた時、学校教育でも行ってはいる。
それを変えるために、こういう職業に就けばいいね、という形にはなるが、それ以外の方法は習いづらい。
大学生でも好きなファッションブランドにコンタクトして大量廃棄を辞めて欲しいと訴える取り組みをしている人もいるが、一般的な意識で変えるためには学校教育の違いもあると思う。
安部:あらゆる社会的な問題の難しさの肝はそこであり、100億人の1人でしかないため、社会が変わる事は極めて少ない。
たまにグレタさんみたいなホームランもある。大事な事はグレタさんをほめる事でなく、小さな行動に対するフィードバックを与える事。
多くの場合、学習性無力感(私の投票で変わらないじゃん)でだんだん無力になっていく。
小さいけど重要な一歩にフィードバックを与えて主体性が高まる環境づくりが大事。だがそれは難しい。
今の社会を変えていくには?
斎藤:コロナ下で自分たちの生活が短期間でいかに代われるかの貴重な機会だった。コロナにより様々なライフスタイルの変化があり、政府も援助をした。日本人は真面目に従ったが、気候変動の緊急事態に関しても、いかにして社会を大きく変えていくことが出来るか。
コンビニが24時間稼働している事により、むしろ今はいかにコロナ前に戻ろうか、という動きになっている。2年後もすると地球環境が悪くならないために、2人にもアドバイスを頂きたい。
安部:変化の時間を短くすると過激にならざるを得ない。イギリスだとXR(絶滅への逆襲)も行われている。道路を止めて物流を遮断して、人が死ぬような事例も発生している。変化を求める側からすると、数百万人が死ぬ可能性があるので、やむを得ないと言っている勢力もある。
ヨーロッパではそれなりに支持も得ていて力もある。コロナの場合は責任者がいないので、人為的に起こされる変化は対立が生まれる。内部から人を起点にした変化を起こすのは難しいと思う。
能條:XRの団体の運動は過激であり皆から受け入れられている訳ではないが、政策レベルでの変化が生まれている。その方法には賛成ではないが、過激な方法か、ゆっくりやるかの二択しかないのか。石炭火力を止めるなどは話が違うのかと思う。
安倍:日々そのジレンマに行きつくが難しい。自分と家族を守るために、死ぬ気で守りに来る。より大きな力が必要となる。二項対立になりがち。
能條:既存の労働を守るという話はあるが、日本にも昔は炭鉱があった。XRの例とかを出すと、命を懸けるレベルではなく、二項対立の見せ方も変わると思う。
斎藤:水俣の患者の人たちは最初は少数で村八分の状態だったが、裁判を起こして声をあげていった。
「地球環境を守るために過激なあり方があってもいいのか」という民主主義的な議論があっても良いと思う。
全然そういう運動もないし、学校ストライキすらない。気候変動というより大きな問題を前にして、選挙や署名で変わるとは思えない。
安倍:炭鉱の例で言えば、代替的な別のエネルギーが出来たから急激な変化が起きた。
一定の速度を担保しつつ流動性を持たせるという、対立が起きずに早い変化が起きる事が、結果的に対立が少ない場合もある。
もっと早くゆっくり本質的な解決をしておけば良かったという問題もある。例えば年金の問題。上の世代の大人たちに言われないために、今から本質的な事に取り組んでいく事も大事。
能條:年金も環境も同じであり、もっと早くに取り組んでいてほしかった。経済の話で言えば、経済=資本主義ではないと思っている。
安倍:外部不経済を如何に取り込んでいけるような、相互作用の仕組みを埋め込めるか、が一番やりたい事である。
音楽、第一部終了