政治家になって、平和について考えたり、活動を実践しようとしているので、改めてまとめておきます。
8月9日は長崎に原爆が投下されたこともあり、長崎新聞では平和について考えるコラムが掲載されています。
長崎では、原爆の歴史を継承する事を通じ、平和教育に繋げている事が多いように感じています。
もちろん、年に一度の催しやイベントも大事ですが、それ以上に大切な事は、日常生活の中にどう平和に対する考え方を組み込み、実践していくかという事ではないでしょうか。
私も市議に当選してからは、平和活動に繋がりそうな活動に挑戦をしていますが、中々コロナで活動が出来ていないのが現状です。
平和とは
平和の逆、というと「戦争」という言葉がイメージされますが、それは平和が極限まで崩された状態だと言えます。
しかし本当は、戦争か平和かという「1か0か」の話ではなく、潮の満ち引きのように常にその間をウロウロしている状態にあると感じます。
こうしたウロウロ状態の中では、平和な状態をキープし続ける事が肝心であり、平和でない状態とは、1人1人の心がすさんだ状態
だと思います。
- 1人1人の心が荒む事により
- 他人への偏見や悪口といったネガティブな感情が生まれて増幅され
- 実態とは異なる「敵」が生まれ
それが積もり積もって、経済的・軍事的な圧力へと発展していくのではないでしょうか。
だからこそ、本当の意味での平和とは、「一人一人の心が安やかな状態」であると言えます。
現在はどうでしょうか?
TVを通じて、心配を煽られる情報と、感動を促す情報がセットで毎日流されている気がします。
コロナ禍でのオリンピックという、一見すると相反する二つの事象に対して、
何とも言えないもやもやを抱いている人が少なくない気がします。
オリンピックは本来、平和の祭典と言われていますが、現在の商業主義にまみれたオリンピックでは、
どうしてもお題目通りの純粋なイベントとして受け入れられない人も多いのではないでしょうか。
連日、感染者数の増加が報じられたり、メダルラッシュが報じられたりされていますが、いちいち感情的に反応しない事が大切な気もしています。
平和を推進する活動
平和を実現するためには、様々なアプローチがあるかと思います。
大きな旗を掲げるのも良いですが、地に足をつけて活動をする事も大事だと思っていますので、
- 異文化交流を目的としたBBQ(コロナで自粛中)
- 相互理解を目的とした音楽活動(コロナでタイミング調整中)
- スポーツ交流を目的とした活動(五島走ろう会)
辺りを検討しています。
これ以外の活動でも、ぜひ一緒に協力してくれる方がいたら進めていきたいです。