2020年の市長選挙に大敗した中西です。
【票数】
- 野口市太郎 14,429
- 中西大輔 3,991
周囲の方からは
「移住して3年半の割には、よく頑張った!」
とお褒めの言葉を頂きます。
しかし私は、真剣に勝負に勝つ気でいました。
(笑ってください)
蓋を開けて、数字だけ見ると、大敗・惨敗です。
フルマラソンに出場して10kmでリタイアするようなモノです。
勝負に負けるのは、悔しい!
8月30日の開票を見守りながら、
支援者の方の落胆した表情を見て、
私は心底そう思いました。
そこで本日は、
なぜ負けたのか?
その理由を「自分の責任ベース」で検証してみます。
(他人の責任ベース(政党とか支持母体とか)は割愛します)
~プロフィール~
31歳の中西だいすけには
・確かな実績がない(現職は市長として8年間の実績がある)
・豊かな経験がない(現職は県庁で30年以上の行政経験がある)
・地元じゃない(現職は五島生まれ、五島育ち)
これだけ並べてみると、「そりゃ厳しいよね」って感じになります。
2倍以上の人生経験は大きなハンデです。
~出馬動機~
多くの市民の方に対して
・なんで移住者がでるの?
・なんでいきなり市長を目指すの?
が十分に伝えられず、ネットを使わないご高齢世帯への訴求が弱かったです。
もちろん、私が構成・執筆したコンテンツの質が低い事も原因の一つです。
結果、多くの方にとっては
「よく分かんない都会の若者・よそ者」
のイメージが大半だったかと思います。
~政治活動~
約2年間、地道にコツコツと集落に足を運び、前半は
・地域のお困りごとをヒアリング調査
・IT出張でPC、スマホのトラブル対応 を続けました。
が、それでは圧倒的に「数」が足りないので、方針転換して
・「地域課題に対する提言」を盛り込んだリーフレットのポスティング
・五島の課題や政策を訴える街頭演説
を追加。しかし、中々「コアなファン」の獲得には繋がらず、「薄く広く」の情報発信になってしまいました。
本当であれば、
- 選挙の時に10人の投票を促してくれる1000人の支援者
獲得を目指すべきでしたが、私は
- 10000人に対して広く浅い情報発信
になってしまっていました。
まとめ
上記の点を言い換えると、
- ハンデ:プロフィールで超不利(人生経験・出身地に大きな差)
- 条件:強みが活かせない(ネット情報が伝わりづらい)
- 戦術:「選挙」を見据えた「政治活動」になっていない
という部分が負けの要因として大きいと感じます。
1万票以上の差が付いた原因は、
- 現職:地元だし、信頼できるデータが沢山ある
- 中西:非地元だし、何を考えているのかよく分からん
という部分だったかと思います。
改めて振り返ってみると、
超難易度の高いレースに挑戦したな。。。
と思います。
おまけ
出馬する前、
どうせ絶対に無理だから、止めておけ
と多くの方から言われました。
挑戦した結果、まさしくその通りになりました。
結果として、3990人(自分は除く)の方の期待に応えられない形となりました。
しかし私は、挑戦した事自体は良かったと思っています。
きっと私に投票してくれた方も、同じ気持ちではないでしょうか。
若い人が挑戦してくれて嬉しい・頑張ってほしい
という声を沢山聴けた事が嬉しかったです。
それに、選挙を通じて得られたものも沢山あります。
それについては、別記事で紹介したいと思います。