個人は逃げる時代~「一所懸命」からの解放~

日本人の価値観

日本人は古くから、「一所懸命」の呪縛に囚われている気がします。

古くは『ご恩と奉公』の関係によって、武士が土地に縛られていましたし、現代の生活様式を見ても、日本人のDNAに染み付いているのではないでしょうか。

例えば、一度加入した部活は引退まで続けることが良しとされ、学校で言えば皆勤賞が表彰されたりします。

会社の中では、勤続年数に応じた表彰なんて言うのもありますよね。

「継続は力なり」は正しいと思いますが、日本ではそれ以上に、「一つの場所で長時間頑張る」という忍耐力が高く評価されている気がします。

「一所懸命」の終わり

ところが、現代社会では、その「一所懸命」を支える地盤が沈没しつつある感じです。

終身雇用の時代が終わったことを契機として、ブラック企業での嫌な仕事は可視化され、忌避される傾向が強くなっています。

異常気象が常態になってしまったことを契機として、豪雨災害からの避難で土地を失い、離れる人が多くなっています。

働き方にせよ、生活の基盤としての住居にせよ、今後は人が「嫌な局面から逃げる」ことが常態化してきます。

『軍艦島』の増加

人の移動・自由が制限されていた昭和の時代は、「ハコモノ」の需要は大きかったですが、平成以降は、「ハコモノ」が使われなくなるリスクが益々大きくなります。

既に多くの田舎では、人口減少によって、多くの「ハコモノ」の利用価値がなくなり、軍艦島のようになっています。

全ての「ハコモノ」が軍艦島のように「遺産としての価値」を発揮できれば良いですが、それは極めて例外的なケースと言えるでしょう。

まとめ

今後の「ヒト」と「ハコモノ」の関係性について、

  1. 「ヒト」は一所懸命から解放され、逃げる生活が一般化
  2. 行政の建てる「ハコモノ」は使用頻度が減る

という形になっていきます。

そうした変化を前提として、不動産の土地を持つ方は、「ヒト」に対してどのようなサービスを提供できるか、という視点で活用方法を模索する必要があります。

にもかかわらず、国の発想は未だに昭和の前提を引き継ぎ、

「いかに災害から土地を守るか?=強靭な堤防を作るか?」

に囚われている気がします。

結果として、建てる段階から無駄だと分かりきっているダムや工事が多くなっている気がします。