大きな夢を持とう
みなさんこんにちわ。
唐突ですが、「小学校の卒業文集」に書いたことを覚えていますか?
私も小学校の作文には、本田さんみたいに書いてましたよ。
プロのサッカー選手になる
なーんてね。
私は平成生まれの人間ですが、
夢を大きく
っていうのが、小さな子供への道徳的な刷り込みとしてあったと思います。
現実への揺り戻し
しかし当時からも、子供の幼い夢にブレーキを掛けようとする大人がいるのも事実でした。
私が小学生の頃、サッカーコーチの言葉を今でも覚えています。
スポーツでメシを食うのは簡単じゃないゾ
そういう言葉をくれる大人は、いかに「子供の夢」が実現性の乏しい戯言に過ぎないか、痛いほどわかっていたのでしょう。
中学生にもなると、流石に卒業文集で
「サッカー選手」
を将来の夢として掲げる同級生はいなくなりました。
誰もが無意識的に受験して、進学して、就職するという、「現実」世界のレールに編入されていきました。
社会人という現実
今振り返ってみると、義務教育から始まる一連の流れ(小学生~大学生)は、
立派な社会人
になるためのファクトリー的な装置でした。
「夢を描け」という幼い頃の甘言は、そもそも
「現実世界の工場」
の中で与えられる、ドリームに過ぎなかったということです。
あれは一体なんだったんだろうか、今になってそう思います。
不安満載の「現実」
2018年も、義務教育工場から出荷された多くの若者が、組織で「入社式」を無事に迎えました。
しかし言うまでもなく、会社や役所で働くこと(1日の3分の1もの時間を奉仕する)に対しては、ますます「不安感」が高まっています。
なぜなら日本は今、究極の「Tomorrow never knows」状態だからです。
- 終身雇用制でもないし
- 賃金が伸びる見込みもないし
- 会社が急に倒産するかもしれないし
- 地震で全てがおじゃんになるかもしれないし
- 頑張って働いても年金はもらえないし。。。
という感じで、「不安の種」は尽きません。
それは「工場の出口」であるはずの組織(会社・役所)がガタガタで、信頼性が揺らいでいるからです。
夢を持ったほうが良い理由
現実世界の論理は既に破綻していて、トップが語る神通力も力が弱まっています。
ですので、「現実的な選択肢」として、「夢を持つ」方が現実的だと私は思うのです。
少し周りを見渡してみましょう。あなたの周りに
「大きな夢や野心」
を持っている人いますか?
少なくとも私の知り合い(500人くらい?)にはいません。
勿論、「手の届く範囲」の中で夢ややりたいことを持っている人はいます。例えば、
- ゲストハウスを始めたい
- カフェを始めたい
- レストランを始めたい
- 古民家をリノベしたい
- 農家や漁業で暮らして生きたい
って言うような感じです。
それはそれで結構なのですが、「現実的に」考えれば、そういうことを始めようとする人は、だんだんと増えつつあります。
つまり、過当競争に陥って、敗者が生まれる可能性が高くなるということです。
一方で、「地に足つかない大それた夢」は、
競争相手が少ない
という「現実的な理由」で、成功確率が高い気がします。
私の夢
まずは手近な、2020年の五島市市長選挙で当選します。
それから最先端の技術(ドローン・自動運転・暗号通貨・ロボット etc)をフル活用して、島で独自の経済圏を作り上げます。
そうすることにより、地方の財源は「中央集権的」な国の枠組みから脱却し、繁栄できます。
そこで生まれる財政的な「自由」を原資に、反帝国主義的な「新しい生活スタイル」を世界中に提案することができます。
それは21世紀の新しい「地域繁栄モデル」として、世界中で模倣され、洗練され、根付いていくでしょう。より広く言えば、
- 日本国の行政的な中央集権体制から独立し
- 帝国経済圏(Amazon、Facebook、Google)から独立し
- 地域が主権を握る多様性に満ちた社会
が実現できます。
これくらい大言壮語な夢を、現実的に考え、実践している人がいないからこそ、逆説的に成功すると思います。
偉人の言葉も参考に
歴史上の多くの「偉人」や「成功者」が、
夢を持とう
と若い人に働きかけるのは、恐らくその方が
成功確率が高く、人生が豊かになる
ことを「経験」として知っているからでしょう。
「自分にはできない」とか「自信がない」とか言っている人は、大なり小なり「工場での洗脳」に毒されている可能性が高いと思います。
ほんとうは、出来ないことはない
これを実感として知ることが第一歩な気がします。
手軽なところでは、バンジージャンプを経験すれば分かるかと思いますので、おススメです。