激務が高じて「悟り」を開いた話3ーパンドラの箱ー

(当時の日記に書いていた内容を出来る限り原文のまま掲載してます)

不安で目が覚める

朝、不安でなかなか寝付くことができず、考え始めても悶々とした状態で、不安を少しでも解消するべく、今日も7時くらいに会社に顔を出す。

神妙な面持ちで登場した私と年次の近い上司(Rさん)は、PM(プロジェクトマネージャー)の隣で様々なタスクをこなしているのだが、昨日になって、PMからようやく全体の計画書が連携されたらしい。

その内容に関するRさんの総評としては、

「20点。あのMさん(PM)は資料の体裁にはこだわるのだけど、こんなひどい有様ではどうしようもない。

しかも引き継ぎのタスクはまだほとんど整理されておらず、今の段階で総合テストを開始するのは絶望的。」

という意見だった。現場で作業に追われる私は、まさしく絶望のどん底に突き落とされたと感じた。

そして、このような有様になってしまった原因に関して、私とRさんの見解としては、PMとしてアサインされた人物が、本来のPMとしての仕事をこなせていないことが原因だと結論付けた。

下々の者たちは、てっきり船が燃料を切らさずに進んでいるのかと思っていたのだが、蓋を開けてみたら、燃料がほぼ残っていないということに気が付いて、

「おわたww」

となっているような状態である。

それは私にとって、大変にショッキングな出来事で、内部不正を見つけてしまったくらいの衝撃を受けた。

そしてその余波をダイレクトに喰らうのは、私とその上司(Rさん)なのである。

下々の者たちの胸中

いったいどれだけの残業をすれば、これらの引き継ぎタスクを無事に終了させて、総合テストを1月から開始できるのだろうか。

全く暗中模索の状態となってしまったので、私はもう正直、「詰み」だと思った。

そしてそれでもまだゲームを進行しようとしている人たち(上の人たち)に対して、ありのままに、

「もう今の段階として打つ手立てはありません。プロジェクトの計画そのものを1から振り返りましょう。」

と進言することを決意した。

一旦メールにて、会議の緊急遅延メールを作成し、関係者に連絡を入れる。

緊急時の初動対応としてはまず正解だったのかなと思ったが、私はその発見による心的ダメージがでかすぎて、まともに自分のタスクに手を付けることができなかった。

そして自分の今の心境を、ありのままにメモ帳に残しておく。

お昼を食べた後に、何やら上司たちが秘密裏に会議を開催している模様だったので、私はそこでどんどん、デスマーチの行進に向けた計画が進んでいるのではないかと予感した。

緊急会議に参加

途中で完全に委縮してしまっている上司(Rさん)から声がかかり、私達二人が抱えているリスクとは何なのか、という点について率直な意見を述べた。

私が意見を述べている最中、自分が何度もボールペンで指を抑えながら、ふるえそうな声を何とか絞り出していることに気づいた。

普段は気丈に振舞ってはいるものの、この鬼のようなにらみのあるGM(怒ると恐い)に対して、少なからず恐れを抱いているのだと感じた。

そして緊急会議の場にて、改めて課題の認識がズレているということを自覚した(上司たちは、完全に総合テストの前提となる下準備が完成しているのだと考えていた)。

私はもし自分がGMであったなら、どうやって課題を管理していくのだろうか、と改めて真剣に考えてみた。

そして結論として導き出した答えは、

「恐怖による支配体制では、社員の隠ぺい体質を助長するだけ」

ということだ。

マネジメントとは何か?

社員が萎縮してしまっては、本来の力を最大限に発揮することなどできるはずがない。つまりマネジメントの本質とは、社員が最大限の力を発揮できるように、

「失敗のリスクは俺が追うから、どんどん試してこい。」

という安心を与えることなのかな、と思った。

そして会議の後で、私はありのままに自分の心境を綴った文章を、GMと、もう一人の上司(Rさん)に送りつけた。

私はおっかないGMから、

「こんなことを言うやつはけしからん!」

などと反論されるかと思ったが、返信は意外にも好意的なものであった。

「これからも失敗を恐れず、積極的に意見を述べてください」

というGMからの返信に対しては、リスクを冒したなりの大きなリターンが得られたなあと、率直に感じた。

そのため、私は「GMに対して忌憚のない意見を物申せる」

という免罪符を頂いたような感じがした。

免罪符

それは私にとって大きな出来事で、今後の見通しに対して大きな風穴が空くとともに、安心感も得ることができたのである。

しかし夕方からの内部定例では、計画書が作成途中であるという件に関して、

「そもそも内部レビューも完了していない段階で、この後の顧客承認、計画書修正、タスクの棚卸といったタスクは果たして本当に大丈夫なのだろうか?」

と感じた。

そもそも私が抱えている不安とは、総合テストという何やら大きなラスボスに対して、どれだけのライフが必要になるかという部分が見えず、それこそ本当のデスマーチになるのではないのか、という点だった。

敵が大きいということと、明らかに準備不足であるということ。

それこそが、我々(私のRさん)の共通した不安であったのである。結局デスマーチに従軍するのは、下々の下級兵士たちだ。

情報の流れについて

そして改めて、部下→上司からの情報連携(報告)は密に発生しているものの、上司→部下からの情報連携が不足しているということに気が付いた。

一応形式上は、定例などの場で報告がなされているものの、上司→部下という信憑性の確認ができないことが問題である。

部下は全体像が見えず、結局はその船自体が沈みつつあるのかどうかという点に関しては、全くの口だし、意見の進言ができないのである。

その構造の欠点は、上司が100%間違いなく判断を間違わないという前提が成立しない限り、危ういものなのである。

私はその点のマネジメントの方法を巡る問題について、非常に深く考え込んでしまった。

PMの責任の深さ

そしてプロジェクトのマネージャーという責任の重さについて、改めて考えさせられた。

極端に言えば、PMが担うのは、プロジェクトに対する成功のみならず、社員の命を守ることである。

そして私が心配に思うのは、今のPMが「社員が死ぬこと」に関するリスクを、全く鑑みていないという点である。

私はここの所、プロジェクトにかかわっている2人の上司の命が心配である。

過労でバタンと倒れてしまわないか、という点が、今一番の懸案事項である。

(続く)

https://nakanishidaisuke.com/2017/10/21/satori4/