地域づくりのために”不便さ”を創る

本日は、「島での交通の在り方」について、「今まで考えていた事との変化」です。

まずはきっかけから。

仕事・競争・距離

五島の「旧5町」を巡る中で、ふと考える事があります。

どうしてこんなに人が減ってしまったのだろうか?

と。

多くの住民の方は

仕事がないから

という答えを持っています。一次産業が基幹産業だった五島では、若い世帯が家族を養っていけるだけの収入を得られる仕事の数が減っています(もちろん、ネット環境があれば出来る仕事は増えていますが)。

そうした中で、五島では「公務員」が一番安定した仕事として見られます。

では、どうして仕事がないのかというと、

本土との競争で勝てないから

です。旧町にも「街のスーパー」はありますが、どうしても大手の資本と比べると、品揃えや価格で見劣りしてしまいます。

ここでは大手のスーパーやドラッグストアなど、「島外」から来た大きな商売主を「資本側」とします。

では、どうして競争になるのかというと、

資本側との距離が近いから

です。昔はトンネルが少なかったので、「旧町」へのアクセスは困難だったそうです。しかし今や、福江島の中は車で1時間半あればどこでもアクセス可能です。

まとめると、

  1. 地域間同士の「アクセス向上」により
  2. 水が流れるように仕事が奪われ
  3. 地域力(価値を作る力)の衰退に拍車をかけた

という事が言えそうです。

技術活用

私は以前から、島の自動運転とか、ドローンの活用とか、

  1. 新しい技術の活用
  2. 人手不足(タクシーやバス)の解消
  3. 島の課題の解消

という事を考えていました。

https://nakanishidaisuke.com/2018/10/04/auto-car/

しかし、上記の流れを見た時に、これを実現するのはトヨタやソフトバンク、グーグルといった「資本側」の仕事になりそうです。

そこでは構造的に、外部依存であり、効率性や利便性が価値の基準となりそうです。

島が完全自動運転になれば、移動の便利さは担保されますが、「電車でどこへでも行ける都会」と大きな差がないと感じます。

そして「快適に繋がる事」により、益々「地域力の低下」は避けられなそうです。

逆の発想

江戸時代を例に取って考えてみると、

  1. 世界との交流が制限され
  2. 地域間は「藩」によって閉鎖されていたため
  3. 独自の文化や産業が形成された

側面があると思います。

ところが明治になって、こうした垣根を一つ一つ再編する事により、「近代的中央集権国家」が形成されました。

  • 明治.大正(植民地獲得のための近代化)
  • 昭和(世界大戦と冷戦によるブロック化)
  • 平成(冷戦終結によるグローバル化の加速)

という形で、ここ150年間はずっとアクセスの向上に伴う「均一化」の方向性でした。

世界は複雑に繋がり、経済的にも文化的にも密接に関係しあうようになりました。

しかし、これからの世界経済は、その反動として「分散化」が加速しそうです。

https://nakanishidaisuke.com/2020/03/08/unti-globalizm/

こうした中では、自主自立型の経済圏を創るために、

あえて交通の障壁を作る方向性が良いのではないかと思います。

https://nakanishidaisuke.com/2019/03/23/close-border/

「地域づくりのため」の壁・閉鎖空間

これからは、地域づくりの視点から、「壁」が求められてくると思います。落合陽一氏の言葉を借りれば「デジタル発酵」になるでしょうか。以下、引用です。

発酵というのは、限られた領域のなかで無秩序に混ざり合う「内向きの力」です。

「デジタル発酵」が意味するのは、あらゆる空間に偏在する情報化されたテクノロジー資源によって、既存のものからも新しい価値が醸成されることなんです。

https://www.flierinc.com/interview/interview135

従来のように、「繋がりを増やす」ための技術とは全く逆の方向性ですが、これからは

「いかに自給自足できる経済圏を増やすか?」

が大事ですので、この発想は必要だと感じます。