【2019.6/五島市市議会メモ】三浦議員

五島市の市議会では、議事録が閲覧可能になるまでに、数か月かかります。

そこで、議事メモを残しています。

記載分は、2019年6月25日の内容です。

https://www.city.goto.nagasaki.jp/s001/010/010/010/100/20190316160308.html#01

※内容は必ずしも全てを反映している訳ではなく、正確でない部分もありますので、ご容赦ください

市長の政治姿勢について

1 市長の考える行政サービスとは

Q. 五島市にはそれぞれの歴史・文化があり、行政サービスは複雑多岐に渡り、全てに対応するのは至難と理解。

しかし、市民の信頼を得るためには、市民に寄り添い、迅速に、丁寧に、的確に対処できる役所であることが必要不可欠。

そのため、行政サービスは市民の負担軽減をし、気軽に利用できるサービスであるべきだが、市長の考えは?

A. 基礎自治体として実施すべき教育・衛生など、生活に必要なサービスを提供することが基本中の基本。

職員が積極的に地域に出向き、スピード感を持って対応することが理想。しかし、全ては無理なので、町内会の方の声を聴きながら、快適なサービスを進めていきたい。

2 合併15年目を迎えた市長の見解は

Q. H13に合併に向けた条例が整備され、H16に五島市に合併した。冨江がなくなる責任を感じながら、合併に賛成した。

当時、93名の議員に対しては、五島市発足と同時にリコールが勃発した。半年で議会を解散し、議員を失職に追いやった民意に対して、多数の市民は合併を望んでいなかったとも読み取れ、反省した。

リコールにより、議員が議場を去ることは、対等合併が吸収合併を意味する結果となった。合併15年を迎え、合併は成就したが、合併は途上でまだ終わっていない立場だが、見解は?

A. 合併当時は財政難で、行財政改革に取り組んだ。合併後は洋上風車・世界遺産・マグロの基地化など、着実に進んでいる。

H29には国境離島新法が制定され、UIターンも県内トップの成績を上げ、人口の社会減に歯止めがかかっている。市町村合併は、地域の課題を地域で解決するために、必要な事であった。

五島市を発展させる取り組みに終わりはないと考えている。

Q. 行政サービスは、ハード面・ソフト面多岐に渡る。諫早で起きた事故は側溝に車が落ちた。大阪で1年前にブロック塀が倒壊し、児童が下敷きになった事件もある。

事故があると役所は動く、なければ動かない。冨江でも舗装に穴が開いている所が沢山ある。三尾野の交差点の側溝も危ない箇所がある。事故があってからは遅いが、ハード面での行政サービスはどうなっているか。

大浜の三叉路に行くときに信号が見えない時があり、課長に言ったら、1日で枝を切ってくれた。そうした事が非常に重要なサービスで、死亡事故が起こる前に動くことが行政サービスだが、縦割り行政ではなく、速やかな対応が必要。その点についての見解は。

A. 危険個所を見つけたら、自ら担当課に知らせる事が大事。聞いたら迅速に対応することが大事。側溝・ガードレールの件は、箇所が多いので通学・交通量に応じて順次整備をしていく予定。

Q. 事故は防がないと起きる。事故が起きてからでは遅い。パトロールをするなりして、危険個所と意識を持っていただきたい。ハード面での陳情は相当沢山上がっている。電話一本で出来るように工夫をしてもらいたい。水産課はスピードが速い。

市長の言葉には政治的な力があり、役所には優秀な職員も多数いる。市長の能力に掛かっている部分があるので、そこらへんはどう思うか?

A. 地元からの要望があった場合は、スピード感が大事だと思っている。中には予算化に時間が掛かる場合もあるが、事故に直結する場合はスピード感が大事。

H27からは支所長の判断で出来る分配も始めているので、あまねく要望があったら、出来るだけ早く対応するように徹底をしていきたい。

Q. 何か要望があれば、仕事が来たと思っている。市は売上・営業がないので、営業に相当するのは、補助金を持ってくる事だと思っている。それが1番の市長の責務だと思っているが、どう思っているか?

A. 営業は財源の確保、或いは市役所だけで出来ない部分で市民の参画を促したり、要望を聴いたり、市民と組織を繋げる事が広義の営業だと思っている。

Q. 市民が考えるサービスと、役所の考えるサービスは乖離があると感じる。財源は中々思ったようにいかず、自主財源が乏しい団体は厳しい。そこでは政治力が力を発揮する。政治家として、市長は政治力を発揮しながらやって頂きたい。民主主義は、何か提案をすると、公の訴状に載せて議論していくのが基本。そうした点も踏まえながら日本語学校の方も進めて頂きたい。一般財源も含めて難しい部分があるので、整理をしながらサービスについては重々考えてもらいたい。

合併は、町がなくなる。対等になったつもりだったが、始まりは誰が決めたのか?法定合併協議会のメンバーが始めた事だが、終わりがあるはず。

諸先輩が一生懸命、合併に向けた努力をしたが、先輩を納得させるために、ここに立っている。議会もその当時の苦しさを知らない人が多い。

合併がどのような方向に行っているのか、若い人がどのように考えているのか、将来はどうなるのか、先輩のために、合併の終結宣言を出すなりしてほしい。

A. 長崎県は市町村合併を全国で1番進めた県だった。色々と事情も聴いたが、合併の枠組みを巡って破綻したケースもあった。五島市は1市5町が、様々な意見や悩みはあったが、最終的には合併。大きな地方分権の流れの中、小さい規模の自治体存続が危ぶまれる中で、地方交付税の減額の心配もあり、合併した時は嬉しかった。

しかし、合併後の事は、「始まり」があれば「終わり」があり、地域の苦悩については承知しなければいけない。これに終わりはないと考えているので、終息宣言を出せるかどうかは分からない。私が市長でいる間は、合併に対する苦悩には想いを馳せながら取り組んでいく必要があると感じている。

Q. 市長とは考え方に相当な開きがある。当時の当事者として言っている。私も当時は反対をしている人の意見が正論だと言ってきた。将来の事は分からない、終わりはないと言うが、終わりがない合併では、100年間終わりがないという事。当時の市長の考え方が重要。