小説書いてみた-8-高嶺の花

  • 2018年6月3日
  • 2020年3月8日
  • 雑談

都心から電車を乗り継いで1時間半。

更にそこからバスに乗り、最寄りの停留所から歩いて15分の小高い丘の上にそこはある。

朝早くから行列が並んでいる様子を見ると、全国各地から始発の電車に乗ってこの地を訪れる人が多いのだろう。

7歳になる長女のメイは、長時間の移動にすっかりご機嫌斜めになっていて、ぐずぐずとしている。

「もう疲れた。お家に帰りたい。」

そんな彼女をなだめるのも一苦労だし、私だって好きでこんな場所に来ている訳ではない。

しかしあたりを見渡すと、私と同じように朝から子供のために貴重な休日を捧げている大人の苦労が窺い知れる。

『芸術家』という、別世界への憧れーー。

そんな世界への「叶わなかった期待」が、週末の郊外に長蛇の列を作っている。

入場券には3つのタイプがあり、「プラチナチケット」の値段は大人が5千円、子供が1万円だ。交通費も含めると、支出はバカにならない。

私は事前購入したQRコードを提示し、大げさな素振りで印刷されたチケットをメイに手渡す。

「何コレ?ピカピカ!きれーい!」

誕生日プレゼント級に演出されたその特別感が、純度の高い期待に変わるのだろう。

お城のように演出された門を抜け、私たちはレッドカーペットの上を少しずつ上っていく。

そこに展示されていたのは一輪の花。

一見すると何の変哲もない黄色の花だが、大切なのは、その花の名前ではなくブランドだ。世界的に有名なある芸術家が、この辺鄙な土地に城を立て、展示している作品である。

『芸術家への第一歩は、多くの優れた作品に触れること。幼い頃に与える刺激は、大切なお子様への投資です。』

そんな甘い宣伝文句に唆されているのは、私にも十分わかっている。それでも私は、子供の可能性に少しでも賭けてみたい想いがある。

メイはその花を前にして、しばらく言葉を発せずじっと見つめている。

私は呼吸をするのも忘れて娘の瞳を横目で覗き込んでいる。苦労してここまで来たのは、この瞬間のためなのだから。

「ねえ、あの花、家の近くにも咲いているよ?」

その瞬間の私は、求婚ダンスに愛想を尽かされた極楽鳥そのものだった。

娘の意見は、ある意味で正しい。

ただ、芸術的な才能を開花させるきっかけと言う点では、私を失望させるのに十分な意見であった。

そして娘はこう続けた。

「手の届かない花って可愛そうだよね。だって誰も友達がいないから。」

その言葉を聞いてはっとした。

少なくとも娘は、友達を失うような存在になりそうもない。

それ以上に明るい見通しは、おそらく今のところないはずだ。

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