【五島市議会解説】損害賠償請求事件/所得県内最低の自治体の取り組み

損害賠償請求裁判の概要とこれまでの経緯

草野議員は、「なぜ五島市が税金で払わなければならないのか」という市民の怒りや疑問の声を受け、この損害賠償訴訟の経緯を改めて説明するよう市長に求めました。
市長の説明によると、本件は令和4年に提起された裁判で、原告は市元職員とその職務上知り合った女性の母親。元職員がこの女性の母親の預貯金を着服したとして、国家賠償法に基づき五島市に「使用者責任」を問うたものです。市と元職員が被告となりました。
五島市は「市の職務とは関連がない」と主張し、できる限りの調査も行った結果、「職務関連性は認められない」との立場で裁判に臨みましたが、第1審(神戸地裁)では市の主張は認められず、市と元職員が連帯して約5,071万円と遅延損害金(合計約8,000万円)を支払うよう命じる判決が出されました。これを不服として、議会の議決を経て控訴した経緯が説明されました。

第一審判決の内容と裁判所の判断のポイント

第1審では主に以下の2点が争点となりました。
1)現金が「贈与」だったのか
証拠は元職員側の証言のみで、裁判所は「贈与があったと認めるには足りない」と判断し、贈与を否定しました。
2)元職員の行為と市の業務に職務関連性があるか
裁判所は、元職員が職務を通じて知り合った相手であることなどから、五島市の業務との関連性を認め、「職務関連性あり」と判断しました。
その結果、五島市と元職員が連帯して損害賠償を負うべきとされ、市にとって極めて厳しい判決内容となりました。

控訴審での和解提案と、市が和解に応じた理由

控訴審では、9月11日の口頭弁論後に結審し、その過程で裁判所から「和解」の打診がありました。裁判所からは「和解に応じなければ、ほぼ第1審と同じ結論になる」との心象が示されたとされています。
12月3日に和解条項案が提示され、五島市としては「和解を受け入れた方が、市の金銭的負担が少なくなる」と判断し、本議会に和解案を提案。結果として、支払額は約5,800万円程度に圧縮される見込みとなりました。
一方で草野議員は、「和解とは本来“歩み寄り”だが、責任の部分で市は一歩も譲っていないはず」「最後まで争わなかったことで、第1審判決を事実上認めたことになるのではないか」と強く問題提起しました。

使用者責任を巡る市の見解と「責任を認めざるを得ない」という結論

草野議員は、「市は今も『職務関連性はない』と言い続けて良いのか」「和解に応じることは責任を認めることではないか」と市長に迫りました。
これに対し、当初市長は「控訴審でも職務関連性はないと主張してきた」と述べつつも、裁判官から「職務関連性あり」との心象を示されたこと、和解を受けなければ第1審とほぼ同じ判決が下る可能性が高かったことなどから、「不本意ではあるが、市の使用者責任を認めざるを得ない」と最終的な見解を表明しました。
草野議員は、「国・自治体が被告となる国家賠償訴訟で、行政が負けるのは5%程度と言われる中、その“5%側”に五島市が入った重さを真剣に受け止めるべきだ」と指摘しました。

過去の刑事事件(キャッシュカード窃取)との関係

草野議員は、令和3年に発覚した「市職員によるキャッシュカードを使った400万円窃取事件」にも言及しました。この際、当時の野口市長は減給処分を受け、職員の服務規律徹底をコメントしていました。
総務企画部長によると、この刑事事件の加害職員と今回の民事賠償訴訟の元職員は同一人物とのことです。ただし、
・今回の損害賠償事件の行為時期は平成25年頃
・刑事事件として表面化したのは令和2〜3年頃
と、発覚時期の関係で「古い順序が逆転している」ことが説明されました。

約5,800万円の支払いと元職員への求償について

最大の市民の関心は「約5,800万円を誰がどう負担するのか」という点です。
市としては、和解条項の中で「市と元職員が連帯して支払う」こと、および「元職員が市に対して求償義務を負う」ことが明記されているため、「不本意だが支払い義務はある」との立場を示しました。
草野議員は、「市に業務上の責任はないと考える」「市民の税金で払うべきではない」「連帯ではなく元職員に全額負担させるべき」と主張し、
・元職員との支払い協議で合意に至らなければ、更なる裁判・法的措置も検討すべきではないか
・支払い能力がない場合には、刑事事件として告訴する選択肢も示すべきではないか
と迫りました。
市長は、「和解条項に基づき全額求償を求めていく方針に変わりはない」としながらも、「支払わない場合に刑事事件として訴えるのは法的に難しい面もあり、専門的な準備が必要」と述べるにとどまりました。
最後に市長は、「本当に不本意だが使用者責任を認めざるを得ない」「多大な迷惑をかけた事実を重く受け止め、裁判後は検証と再発防止に全力で取り組む」「二度と同じことを起こさない市役所に変わる」と、組織改革への決意を述べました。

五島市の世帯年収の低さと貧困の現状

草野議員は本来、「世帯年収が21自治体中最下位」という問題を一般質問の主テーマにする予定でしたが、本訴訟の議案上程を受けて急遽テーマを変更した経緯を説明しました。そのうえで、改めて世帯年収の問題を市長に問いかけました。
民間データによると、五島市の平均世帯年収は約363万円で、全国平均より約140万円低く、21自治体中最下位とされます。また、年収300万円未満の世帯が63%にのぼるとされ、草野議員は「喫緊の課題」と強調しました。
さらに、就学援助(要保護・準要保護)を受ける児童生徒は約22%と高く、「子どもの5人に1人以上が経済的に厳しい家庭」とのデータも紹介。子どもの遊び場整備も大事だが、「何よりも親の所得を上げる政策こそが少子化対策につながる」と訴えました。

市独自の所得データ・地域経済循環の状況

草野議員は、「五島市独自の世帯年収データがないのでは」と指摘。総務企画部長は、市として独自に全世帯の年収を把握する調査は行っておらず、「もしやるなら全世帯への聞き取りが必要で、現実的には非常に難しい」と回答しました。
一方で、国の統計(総務省のデータなど)によると、年収300万円未満の世帯割合は平成20年の63%から令和2年には57%と、改善はしているものの、依然として長崎県内で最も厳しい水準にあるとの説明がありました。
また、地域経済分析システム(RESAS)による「経済循環率」は平成30年時点で67%、つまり「所得の約3割が島外へ流出している」状況であり、H22の64%よりは改善しているものの、まだ課題が大きいことが示されました。

市長の認識と今後の所得向上・セーフティネットの方向性

草野議員は、仁徳天皇の「民のかまど」の逸話を引用し、「市長は市民の暮らしぶり=かまどの煙をどう見ているのか」と問いかけました。
市長は、「世帯年収が低い」というデータを6月議会で初めて聞いた際には驚いたとしつつ、イベントや懇談の場などで市民から「高齢者世帯が多い」「住居手当が少ない」「給与水準はそれほど低くないのでは」といった多様な声を聞いていることを紹介しました。また、就学援助の認定率の高さからも、家計が苦しい家庭が多い現実を認識していると述べました。
そのうえで、市長は「物価高に負けない賃上げが必要」とし、高市総理が労使協議で求めている賃上げの流れを受け、五島市としても事業者の負担軽減や賃上げにつながる支援策を検討中であり、まとまり次第報告したいと答弁しました。
また、生活保護や生活困窮者自立支援などのセーフティネットも、令和6年4月の制度改正により一体的に取り組めるようになったことから、これまで社協に委託していた「相談窓口」を市役所1階の社会福祉課に集約し、ワンストップで支援に繋げていると説明しました。
一方で草野議員は、「支援そのものも重要だが、最終的には“所得を上げること”をどう実現するかが最も大事」と重ねて訴えました。

最低賃金引き上げの影響と市への要望

最後に草野議員は、長崎県の最低賃金が1,031円に引き上げられたことに触れ、「事業所によっては人件費増加を避けるため、パートの勤務時間を削減する動きが出るのではないか」と懸念を表明。「結果として、働く人の手取りが減りかねない」として、こうした現場の動きを注意深く見守り、必要な支援策・調整に目配りしてほしいと市に求めました。