かめしまの話
「かめしま」と呼ばれる小さな島があった。
人口はたったの数百人しかいない。古くからの言い伝えによると、ここでは代々、亀を大事にしてきたのだという。しかし島の中のどこを見渡しても、そんな面影は残っていない。
かめしまに住む人たちは、食料や物資を得るために島の外へ出なければいけない。対岸には大きな島があり、人の数も100倍以上だ。
ところが海はいつも荒れていて、渡るには大きな困難を伴う。
生活が不便なこの島では、橋を架けようとする人たちが幾度となく工事に挑んできた。
しかし島を囲む海の天候は厳しく、そんな職人たちの努力をあざ笑うかのように、橋を次々と壊し、人々の往来を阻んできた。
ある日、海の彼方から巨大な亀が島にやってきた。
大きさは実に、島の半分くらいだ。
見たこともない巨大な亀の到来に、島人は慌てふためいた。しかし亀はのっそりとした口調で、
「しばらくの間、ここで休ませてくれないかい?」
と尋ねてきた。若い島の郷長は、巨大な亀を暖かく迎え入れ、
「どうぞどうぞ。折角だから、この小さな島と、あちらの島の間で休んだらどうでしょう?」
と言った。
「そうかい。それじゃあ島の間で休ませてもらうかな。」
そう言って亀は、対岸の大きな島と、かめしまとの間に横たわった。
かめしまの人たちは大いに喜んだ。なぜって?亀の甲羅を伝って島と島との往来が出来るようになったから。
亀が横たわってから、辺鄙で不便と言われていたかめしまに、甲羅を渡って沢山の観光客が訪れるようになった。海で静かに横たわる巨大な亀は、かめしまの救世主として、大いに感謝された。島の人たちは、
「感謝の気持ちとして、供え物をしなきゃね。」
そう言って、亀が食べやすいように、羊やヤギの分厚い肉を投げ込んだ。
「ありがとう。ここは居心地がいいね。もう少し長居しようかな。」
そう言って亀は、産卵を始めた。卵から生まれたばかりの小亀は、こぞってかめしまに上陸し、島民の間で大事に育てられた。
「亀さんは、この島の宝だね。」
それが島の合言葉となり、亀と共に暮らす島として大いに賑わい、島には活気が溢れていった。
そして数年が経ったある日、巨大な亀はこう言った。
「大分長居しちゃったね。そろそろ別の場所にいかなくちゃ。」
それを聞いた島の郷長は焦った様子で、
「いえいえ、今居なくなられては、困ります。もっともっと、ゆっくりしていってください。」
島民の間では、亀がいなくなると、またかつてのように、不便な生活に逆戻りするのでは、という心配があった。
「そうかな。それじゃあもう少しだけ、いようかな。」
そう言って亀は再び海に身を沈め、島民も一安心した。亀をいたわる島民は、巨大な亀を労い
「今日は背中を渡る人が多かったけど、大丈夫だった?」
と声をかけたりしていた。
「うん。なんとか。」
と巨大な亀は答える。
その後も観光の人は増え続けて、島は益々潤った。
しかし島の人が増え、生活が豊かになるにつれて、島民の間では亀に対する思いやりの気持ちが薄れていった。
「ねえ。最近少し甲羅が重たいから、もう少し人を減らしてくれないかな?」
亀がそう苦情を申し立てても、関心を示す人の数は減っていき、
「どうやったら、もっと亀を活用できるだろうか?」
そんなことばかりが島民の間で議論されるようになった。
一方で、親亀の生んだ子亀がドンドン大きくなり、世話をすることもままならなくなってきた。
「もう海に放すしかない。」
ある島民はそう言って、大事に育てていた亀を海に放すことになった。島民は次々と亀の世話を辞め、海に亀を放った。
ところが数ヶ月すると、今度は海の向こうから、黒い大きなうねりのような影が現れた。
「しばらくの間、ここで休ませてくれないかい?」
育てていた小亀が、親亀くらいの大きさになって、集団で戻ってきたのだ。
島の人たちは、ただでさえ「島の橋」として横たわっている親亀を扶養しているのに、それ以上の負担はできないと口々に物申した。
中には、もう「親亀」すら、負担が大きいから必要ないという人さえもいた。
「残念ながら、それはできません。出来れば親子で、どこか遠くに移り住まれてはいかがでしょうか?」
そう亀たちに伝えると、島で育った亀の一匹は、残念そうに呟いた。
「そっか。それじゃあ、別の場所に行くことにするよ。おばあちゃんも連れて。」
その瞬間、かめしまは少しずつ海に沈み、彼方の海へと消えていった。