・出場までの経緯
年に一度は島外のマラソン大会に出たい、という事でトライアスロン参加の予行演習として参加しました。
もともと2025年の11月にサブ3という目標を立ててトレーニングを開始し、この大会ではそれに挑む予定でした。
ところが!
膝が不調になって思うようにトレーニングが出来ず、治療に専念していました。
2月頃にようやく治りかけて来たかな〜という感じがしたので、ひとまず既にエントリーしていたつばきマラソン(フル)には、ハーフの距離でリタイヤする事にしました。
丁度半分の距離でスタート地点に戻ってくるので良かったです。ここでは怪我の再発はせずに無事走れたので、3週間後のフルマラソンも、無理しなければ行けるだろうと判断しました。
・レース前日
宿の予約が遅れてしまったため、佐賀ではなく長崎に泊まりました。対面乗り換えの手間はありますが、長崎→佐賀まで1時間で到着できるため、長崎前泊でも6時台の新幹線に乗ればレース参加は可能でした。
たまたま宿泊したゲストハウスですが、私が島で面識のある方がオーナーで、すごく久しぶりの再会でした。私の事も覚えてくれていて、丁度私が島に移住し始めた9年前の話で会話が弾みました。
曰く、長崎からもインバウンド客が五島に行きたいというニーズは多いらしいのですが、中々交通手段であったり言語表記の面であったり、外国人が苦労しそうだという事を仰っていました。
そう。私が島に移住しようと思ったきっかけはまさにそこの部分だったよなぁと懐かしく思い出しながらも、議会で港やターミナルの受け入れ体制整備を訴えましたよとお伝えしました。
・レース日の早朝
宿から長崎駅まで20分ほど歩き、武雄温泉で対面乗り換えをして佐賀駅に到着。対面乗り換えは確かに面倒だけれど、繋がっているだけでも人流や宿泊先の選定に大きく影響しそうだなと感じました。
佐賀駅に到着後、会場のアリーナまで再びランナー達と一緒にてくてく15分ほど歩き到着。
・トイレ問題
ランナーとして大会に出る上での懸念事項の1つが「場所取り問題」です。自分の荷物をどこに置くかを巡っては、後から来た人ほど場所の確保に苦労します。私は2階の観覧席に何とか場所を確保して荷物を置き、8:10からトイレに並び始めました。
ところがそのトイレが問題でした。既に大は結構な人が並んでいて、個室が何個あるのかも分かりません。10〜20分くらいで入れると思っていましたがアテが外れて30分待ちとなり、入れたのは8:40。
整列完了時刻が8:45なので、既に大半のランナーは整列を完了させていますが、私は貴重品すら預けて居ませんでした。
私は本番以上の走りで荷物を預け、滑り込みセーフで何とか整列する事は出来ました。が、トレイの読みが完全に甘かったです。
賢いランナーは事前に「何時までにトイレを済ませる」と決めて到着時刻を設定し、会場内のどこのトイレを利用するかも決めているはずです。
ランナーにとってレース直前にトイレに行けない事は大きな懸念材料です。つばきマラソンの際も感じた事ですが、係の人達による「空いてるトイレへの積極的な誘導」をもう少し強化した方が良いと感じました。
「今からこの列に並ぶと整列に間に合わない可能性があるので、外のトイレをご利用下さい」的な案内があると良いかと思います。
・レース前の目標/AIか感覚か
ランナーは大体、自分の実力に合わせて目標ペースを決めます。今回の私の場合、怪我明けで練習不足だったので、目標はタイムではなくて「楽しく完走する事」でした。
それでも事前にAIに今の走力データを渡し、適切なレース配分について検討をさせました。それによると、「序盤は飛ばし過ぎず、6:15/分位が良いでしょう」との事でした。
私もそれを意識しながら走り出しましたが、いざ走ってみると、AI推奨ペースよりも30秒程早いペースの方が走ってて心地よいと感じました。心拍数で言えば130台です。
・レース序盤 〜14km
序盤はAIの指示通り、無理にでもブレーキをかけようかとも試みましたが、身体的には今のペースの方が自然体で、むしろブレーキをかける事がストレスのように感じたので、自分の直感を信じて走る事にしました。大体5:45/分位のペースです。
全然キツさはなく、何度かペースを落とそうかとも考えましたが、あくまで自分として無理のないペースでずっと走っていられそうな感じだったので、そのまま走り続けました。
・レース中盤 〜28km
街中を抜けて大平野の中を走りますが、このルートも大変走りやすかったです。私は島内の大会だとピンクを着て走るので認識されやすいのですが、今回は私の事を知ってる人も皆無なので、他のランナーと同じく「大会支給Tシャツ」を着て走りました。
島の人から聞いた話だと、島外に出ると開放的な気持ちになる、という事を思い出しました。とかく島暮らしは、「いつどこで知人に見られているか分からない」という緊張感が付き纏います。政治家の場合は特に。
島外で匿名になるのも久しぶりでしたが、無名の選手としての出場は、五島列島在住者としてはちょっと物足りない感じがするかな、と思いました。次の大会に出る際は、少しでも五島の宣伝になるTシャツを着て行こうと思いました。
同じペースで走り続けていても、心拍数は徐々に高くなっていきます。20km地点では序盤に130だった値が150近くになり、疲労蓄積が如実に数字に表れ始めます。
だけど全く辛さはなく、呼吸も乱れず静かに息を吸ったり吐いたりして淡々と進みました。ゆっくりペースではいろいろな事を考えて走りますが、たまには「走る事それ自体」に没頭するのも良いと思い、ただひたすらに足と手を動かす事に集中してみたり。
・レース終盤 〜42km
相変わらず序盤と同じペースで走り続けて、「貯金がいつまで持つかな」と考えていましたが、段々と足が重くなってくる感じがしました。
ランナーは走りながら色々な事を考え、少なからず周囲の応援から影響を受けます。「頑張れ!」という言葉は定番ですが、たまに意表を付いた応援を見かける事もあります。
まだ散るな
この言葉が佐賀さくらマラソンの終盤に差し掛かるメッセージとして秀逸だと感じました。そのボードを掲げるおじさんと目が合い、グッと応答しました。
私の中での「ベスト応援賞」です。
残り10kmの地点ではまだペースを落とさず走れていて、5:30/分で行けば4時間は切れそうだったので、少しだけペースを上げてみる事に。
流石に30kmを過ぎると疲労も感じる様になってきます。
そしてまたAIの助言を思い出す。
確かに指示通りにゆっくりペースで走れば、もっと終盤に楽だったのかもしれない。
だけどそこには自由がなく、言わば走る事自体の楽しみが阻害されているような気もする。更に言えば、余力を残して涼しい顔をして終えるよりも、死力を振り絞った達成感で終わりたい。
そうした思いからあえてAIの指示に従わない行動を取りました。
しかし悲しい事に、終盤の35km地点で体力が底をつき、ふくらはぎがつりそうになる。当然走るにつれてその感覚が増してくる。
こうなってしまっては走り続けるのは賢明ではなく、無理せず歩く事にしました。そこから先は歩いたり走ったりを繰り返して、よちよちと前に進みました。
これは挫折したランナーによくある事ですが、一度歩くと再び走り出すのってかなりキツイんですよね。歩く事で足腰のあらゆる部位が、今まで我慢していた悲鳴を上げ出して収集が付かなくなる。
そんなこんなで最後は景色を楽しみながら、終盤は雨に打たれながら辛くもゴールまで辿り着く事が出来ました。
・全体を通じて
私が今までに出場したどの大会よりも、平坦で走りやすいコースでした。特に激坂と強風の連続となるつばきマラソンに比べると、とっても楽チンなコースです。
そして序盤は佐賀の大平野、中盤は広々とした公園内、終盤は桜並木の川沿いといった、ランナーにとって心地よいと感じる自然風景が満載でした。
たまたま当日は天候も見方して、風は殆ど無風で天気も曇り、体感的にも消耗の少ないコンディションでした。13時以降に雨が降り始め、4時間超えのランナーにとっては厳しい面もあったかと思います。
そして沿道の応援にとても熱が入っている。エイドステーションの高校生や、沿道からの演奏、ダンス、太鼓といった様々なパフォーマンスがあり、ランナー達もそのたびに推進力を得てゴールに向かう事ができたと思います。
走りながら、来年はこの大会で自己ベストを狙いたいな、と感じました。
