終わらない仕事
3年目にSEとして横浜で勤務をしていたときの話。当時はシステムのお引越しの仕事を担当していた。
システムの引越しとは要するに、現在あるサービスを別のサーバ(システムのお家)に移し変え、ついでに周辺の製品もバージョンアップする、という感じだ。
実際の引越しにたとえるならば、家具をそのまま持っていくのではなく、「基本的な配置はそのままで」家具を取り替えるという感じだ。
ところが一見簡単に聞こえるこの作業、大規模で老朽化したシステムを相手にすると、途端に難易度が上がる。
それを我が家の引越しにたとえると、
- 今まで空いていた冷蔵庫の扉が開かなくなった。
- 今まで無臭だったトイレに変なにおいがするようになった。
- 今まで無音だった階段を上るとギシギシ音がするようになった。
致命的と思える箇所から些細な箇所まで、実に様々な「今までとの違い」が生じてしまう。
当然100パーセントの「現行保証」なんて出来るわけがないので、些細な部分は目をつぶってもらうしかない。
しかしそれ以上に厄介なのは、「今は顕在化していないけど、障害に繋がる不具合」である。
見えない製品
そもそもシステムとは、目に見えない商品である。
それを出来る限り目に見える形にして、お客さんに満足してもらうのがSEとしての仕事なのだが、中々どうして難しい。
机上の影響調査では
「この部分は大丈夫です」
と論理的に説明ができても、いざ動かしてみると、
「思わぬエラーが発生しました」
と言うのが日常茶飯事である。実際のところは動かしてみないと品質保証は出来ないので、各工程での「○○テスト」が非常に大事な仕事となってくる。
そんな仕事にかれこれ1年以上携わることになったのだが、その殆どは「机上調査」と「稼動テスト」であった。
プロジェクトが炎上
当初の計画よりも大きな不具合が見つかったので、当然プロジェクトとしては忙しくなってしまう。
残業時間が30時間から40時間になり、知らない間に60時時間近くになっていく。
その程度ならまだ大丈夫、と思って仕事に没頭するのだが、到底終わりそうもないくらいに、次から次へと新しい障害が見つかる。
一応会社のルールとしては、「月に65時間以上の残業はするな」というお達しがあったので、65時間は越えないように退社をしていた。
残業時間よりも意識時間
しかし到底65時間の残業では、仕事が終わらない。
「状況を管理する」という仕事の基本原則さえも忘れてしまうくらい、「あれもやらなきゃこれもやらなきゃ」という状態になっていく。
それでも時間は足りず、ただ目の前のタスクだけが次々と積みあがっていく、そんな困った状況である。
ひとまず残業ルールは守ろうとして、帰る。
が、一旦プロジェクトが炎上し始めると、「いかに障害を解決するか?」という問題ばかりに気をとられるようになり、ONとOFFの切り替えがうまく出来なくなってしまう。
帰るはいいけど心はずっと仕事に縛られている。
だから飲み会の席でも心のそこから楽しめず、盛り上がっている席でさえ「システム障害」の電話がかかって来たりするから気が抜けない。
そんなこんなの忙しい状況で、師走のプロジェクトが進行していたのだが、だんだんと私の精神衛生もまずい方向に向かっていった(続く)。
https://nakanishidaisuke.com/2017/09/29/anxias/