離島に対する期待値
千葉から五島に移住して半年あまり。
住み始める前の「島に対する期待値」みたいなものを50とするなら、現在は200くらいに上がったような気がする。
最初は島の変な噂を聞いたり迫害されたりと、不安も混じっていたけれど、いざ生活をしてみると、「なんとなかなる」と言うことが分かった。
そして現在に至っては、もうこの五島と言う場所は「宝島」と呼んでも差し支えないくらいに、魅力的な場所であると思い始めてきた。
今回は、そんな「宝島」たる所以について、紹介したい。
1. 手付かず過ぎる自然
二次離島も含めると、五島列島は140もの島々から成る。そんな島々も、かつては有人島であり、現在は無人島になっていたりする。
例えばこれからノルディックウォークを始めようとする嵯峨島なんかは、まるで時間が止まっているのかと錯覚してしまうくらい、人為的な営みが少なく感じられる。
福江島の周辺だけでも、こういった島々は大いに活用できそうだ。
最早遺産とも呼べるような、手付かずの自然が国境を跨がなくても体験できる島々。
そうした島は未だに観光資源としては未開拓であり、ただそっと人為的な営みが消滅しようとしている。
軍艦島が人為的な廃墟として活用できるのであれば、これらの無人島のポテンシャルはそれ以上ではないだろうか。
必要なお金を投下して、活用していけば面白いと思う。例えば
グランピング、観光ダイビング、クルージングツアー・・・
そうした観光資源としての整備がもっと出来れば、島は大きく生まれ変わるのではないだろうか。
2. 手付かず過ぎる空き家
別の記事でも紹介したとおり、「武家屋敷通り」といういかにも外国人受けしそうな通りにある好立地な物件が、空き家として登録されている。
これは一番勿体無いと思う例だが、まだまだ沢山空き家は転がっている。空き家バンクに登録されている家は、氷山のほんの一角に過ぎない。
世界遺産が一過性のブームに終わらず、継続的な観光客数の増加を期待するのであれば、空き家の活用こそが一番手っ取り早い体制の整備だと言えるだろう。
全国一律に国の号令で実施されている「空き家バンク」も、どうも上手に機能しておらず、お化け屋敷が増えているだけに見える。
誰も宝島だと気づいていない
これが一番大事なことなのだが、まだ誰も自然や家屋の活用に関する大きな構想を抱いていない。
宝島は、宝島であると多くの人が気がついてしまったら、宝島としての価値がなくなる。
五島の行政的な取り組みも、
観光客数をいかに増やすか?
というような短期的な目標だけに視線が下がってしまっている。
人口減少に対する取り組み姿勢も、
「マイナスの割合を少しだけ緩和させる」
と言うような感じで、到底持続可能な気がしない。
そんな訳で、五島は今のところ、世界中から注目されるような、大きな構想を抱けるだけのポテンシャルを持て余している、宝島だ。