霊長類学の研究として
心理学の分野でもよく扱われるのが、霊長類を使った動物の実験や観察です。
人間のことを深く知る手がかりとして、親戚のお猿さんを詳しく研究してみようじゃないか、という発想です。
今回はそんなお猿さんの研究を通じた本の紹介をしたいと思います。
食物連鎖からの脱出
中学校でも習った通り、生物は「基本的に」食う・食われるという連鎖の中で生命を維持しています。
捕食者側からすれば、どれだけの数の獲物が入手可能か?が死活問題ですし、被捕食者側からしても、それは同じです。
食べられすぎても絶滅するし、食べなさすぎても個体数が増えすぎてしまう。
ですので、この食う・食われるの数がうまく均衡したところに、生物たちの絶妙な生態系が成り立っていると言えるそうです。
それは出産数・出産頻度・個体の寿命・個体の体重といった数値に反映され、実に見事に生物間でバランスがとれているようです。
しかしながら、サルに代表される類人猿は、新たな活動領域として、天敵の少ない森林を獲得しました。
大型のヒョウに食べられてしまうことも時にはありますが、基本的には「捕食者がいない状態=食物連鎖からの脱出」に成功したと言えるわけです。
食物連鎖から脱出することにより、サルの社会は新たな果実と厄災を抱え込むことになりました。
それは「個性の発達」と「人口調整の問題」です。
個性の発達
サルにとっての森林は楽園そのものでした。
食物連鎖から脱却し、天敵から解放されたことにより、サルの社会では個性の発達という現象が生じてきます。
その理由は、サルの社会が他の動物社会と比べて、捕食者がいない分だけ「自由度の高い」生活を享受できるようになったからだと考えられています。
他の動物を見渡しても、サルの社会ほど「個性」が発達している動物は見られないでしょう。
そもそも動物が「個性」的であることは、種全体の統制という意味で極めて危険な状態です。
社会的な生き物であるとされるアリや蜂を見ればわかる通り、「個性」なんていう厄介なものは、全体としてみれば必要ないと言えます。
当然、サルの社会も個体が好き勝手に「個性」を主張し始めたら、全体の収集がつかなくなってしまいます。
そこで登場するのが「文化」であり、規範やルールといった約束事を通じ、「個性」が社会全体にマイナスの影響を及ぼすことを抑えています。
人口調整の問題
一方で、食物連鎖から脱出することにより、サルは新たな問題を抱えてしまうことになりました。
それは
「増えすぎた人口をいかに調整するか?」
ということです。
例えば野生の草食動物を例にとってみましょう。
ある動物保護団体が、草食動物の保護を推進するために、天敵の肉食動物を皆殺したとします。
すると草食動物は、全体としての人口調整機能に歯止めがかからなくなり、爆発的にその数を増やしていくことになります。
その先に待ち受けているのは、絶望的な食糧不足です。
食糧には限りがありますから、当然全員が食べるだけの草木が枯れ果ててしまいます。
結果的に、人口調整が失われると、生産能力が減少しない限り、種全体が絶滅の危機に晒されてしまいます。
庭師が伸びすぎた草木を定期的に刈り取らなければいけないのと同様に、サルも個体間の人口調整を自分たち自身でどうにかしなければいけなくなったのです。
人口調整を担う生物学的な仕組み
そこで有益な候補として登場するのが「病気」です。
史実に残っているだけでも、ペストや黒死病といった世界的な病気の流行が、人間の数を大きく減らしてきました。
有史以前の未発達な社会では、それ以上の大きな病気が流行し、壊滅的な被害をもたらしてきたと想像できます。
しかしそれが長い目で見れば、「人口調整」の役割を担っていたという側面もあります。
とはいえ「病気」はあくまで外部的な要因。
サルが自分たち自身でどのような仕組みを持ち出したのか、という点については、「妊娠期間の長さ」と、「個体が成熟するまでの長さ」という点が指摘されています。
サルの母親にとって、一人の子供を育て上げるということは、他の動物と比べて極端に手間暇がかかるということです。
つまり、母親が「次の出産」に至るまでの期間を長くする仕組みを導入することにより、出産数そのものを抑制しようという仕組みです。
人口調整を担う文化的な仕組み
個性の伸張に伴い「文化」が発達すると、そこにも「人口調整」の方策が盛り込まれていくことになります。
ボノボやチンパンジーに見られる「親の子殺し」がその典型で、人間の社会でも「うば捨て山」なんて言うものが社会悪として存在していたようです。
つまり、天敵の不在という好条件がもたらした結果として、苦肉の策として文化的な「悪」を作り出す必要があったのではないかと。
それが受け継がれていくことにより、長期的に持続可能な人口のバランスが均衡していたのではないか、と指摘されています。
その他にも、有益な示唆に富んだ研究内容が紹介されていますので、興味があったらぜひご一読してみてください。